修理も配達もオッケー、職人気質が息づく本物の“洗濯屋”

クリーニングハウスタカ

クリーニングハウスタカ

「お客さまの満足度」に自信があります

住所
福生市志茂121
TEL
042-551-1257

買った時の衣類に近いものにしてお返しする――、
この先代からのモットーを、実直に守り続ける。
手間に徹底的にこだわる姿勢は、職人そのもの。
東京30社中、毎回、1位か2位の成績を獲得する、
ピカイチのクリーニング店がわが街にある。

(店名)

品質にこだわり手間をおしまず一点一点、丁寧に手仕上げ。梱包も品質の確認のため手で行う

  • 端正な檜のカウンター

    人体を形成した機械を使ってシワを伸ばす

  • 端正な檜のカウンター

    ドライクリーニングは、溶剤管理が最も重要。職人としての経験に裏打ちされた適正な溶剤管理

  • 端正な檜のカウンター

    図書館通りに面した店舗。間口が広く、入りやすい。19時までの営業なので仕事の後でも気軽に立ち寄れる。店舗右に駐車場あり

店長からの一言

店主 田中伸英さん

田中伸英さん

見えないところにも嘘をつかない、ちゃんと洗う洗濯屋です。新規のお客さまが少ないのが正直な悩みです。初めての方でも、遠慮なくいらしてください。洗えるのかどうか、シミがおちるのか、出す、出さないにかかわらず相談して下さい。また、お店に来ることが困難な方には配達を行っておりますので、お気軽にご用命ください。ご利用、お待ち致しております。

基本情報

店名 クリーニングハウスタカ
住所 福生市志茂121
電話 042-551-1257
営業時間

9:00~19:00

定休日 日曜、祝日
駐車場 2台
カード使用
URL

ストーリー

ちゃんと洗って、きちんとお返し

店内の奥に工場が見える。キチンとした仕事をしている自信からだ

店内の奥に工場が見える。キチンとした仕事をしている自信からだ

「クリーニング師」という国家資格があることを初めて知った。クリーニング処理を行う店には必ず一人必要ということだが、家族5人で営むこの店では何と、3人もクリーニング師がいるという。クリーニング師の目的は「公衆衛生の向上」と「利用者利益の擁護」。技術だけでなく、「精神」においても安心して任せられる店だとわかる。
「何も、特別なことはしてないんです。当たり前のことを当たり前にやっているだけ」と田中伸英さん。でも「どう洗っているか」なんて、私たち消費者には見えない世界。だからきっとこのご時世、いくらでも嘘がつける。「嘘のつかない店だから、信用されているのだと思います。創業と同じぐらいからの利用者さんが沢山いらっしゃいます」と田中さん。
ドライクリーニングで最も重要とされる溶剤管理の確かな技術と、その溶剤の品質へのこだわり。加えて、Yシャツ一枚にさえ、決して手を抜かない。
「今、機械仕上げが多いのですが、うちはすべての衣料を必ず、手仕上げします。梱包も人がやっています。洗い落としがないか、シミがちゃんと取れたかなどチェックをしっかりやるためです」
預かるところから洗う作業、そして客に返すところまで一貫して、責任を持って対応するのが「当たり前」なのだ。
店の奥に工場があり、「お客さまから仕事が見える」状態にしたのも、ちゃんとした仕事をしている自信から。午前中に預ければ、夕方に仕上がりを手にできるのも、ここでは「当たり前」。急ぎの場合、3時までなら別料金で夕方の仕上げに対応できるのも、店の奥に工場があるためだ。
「ちゃんと洗っていると、服が長持ちするんですよ」と田中さん。品質より利益が優先されがちな時代にあって、「ちゃんと洗った」気持ちのいい服を身に付けられる喜びをかみしめたい。

修理にも対応、洗えないものはほとんどない

ワイシャツの仕上がりに職人技が光る

ワイシャツの仕上がりに職人技が光る

手間を惜しまないどころか、むしろ手間に徹底的にこだわるのは、田中さんの祖父の代から受け継がれているポリシーゆえ。それが、「買った時の衣類の状態に近いものにして、お返しする」。
だから、衣類のメンテナンスも行う。まさか、クリーニング屋さんで服の修理なんて、今まで考えたこともない。衣服のリフォーム屋さんにお願いするものと思っていた。
「一番多いのが、ズボンのすそ上げですね。かけはぎ、タバコの穴、ウエストを伸ばすこと、チャックの交換など、お預かりした時に気づいた衣服のダメージをお客さまと相談して修繕します。うちでできないものは、専門のところでお願いしてます」
これまで諦めていた衣類の修理までやってもらえるなら、ちょっと遠くとも絶対に利用したい。その証拠に、遠方から宅急便で依頼が来る。もちろん、シミ抜きも「血液が凝固したもの、年数が経ったシミなど取れないシミ以外は、ちゃんと落とします」とのこと。まさに、洋服の救世主。「修理は、エコですよ。そうやって気に入ったものを長く着ていただければ」と田中さん。その通りだと思う。
しかもカーテンにカーペット、ブーツや革靴、テント、寝袋から剣道の防具までほとんど洗えるというのだから、目からウロコ。しかも福生地域に限ってデリバリーもオッケーというのだから、今までここを知らなかったというのは何て、もったいないことだったろうと思う。
「お客さまからよく聞くのは、他所の店で衣類が無くなった、ダメになったということ。それは絶対、うちではあり得ません。そうならないのが、うちの当たり前。技術でしか、営業はできないと思っています」
実直なまで「当たり前」のために、地道な仕事に徹し続ける。こんなクリーニング屋さんがわが街・福生にあることは心からの喜びだ。

高い水準のサービスを、いつでも提供できるよう

地元・福生で働くということ

昭和34年、中福生で「多摩ランドリー」を開業

昭和34年、中福生で「多摩ランドリー」を開業

創業は、昭和10年。新宿区柳町にて、田中さんの祖父・亥三男さんが洗濯屋を開業。しかし召集に遭い、祖母が店を守っていたものの空襲で焼け出され、昭和19年、夫婦の出身地であるあきる野に近い、ここ福生に疎開した。終戦後1年経って、亥三男さんが復員、その後は横田基地内でクリーニング業務に就いた。
営業再開は昭和34年、中福生で「多摩ランドリー」を開業。昭和40年に現在地に場所を移転、昭和59年に亥三男さんが亡くなり、代は伸英さんの父・守さんへ。平成4年に店舗と工場を一体化した「ユニットショップ」に変えた際、店名も「クリーニングハウス タカ」に変更した。
「店名に、そんなに意味はないんですよ。ただ、ユニットショップには思い入れがあります。店頭で預かるだけの店が増えている中、うちはお客さまや地域とより密着してやって行こうと、間口からお客さまにどう洗っているか見える店にしました。お客さまに近いですから、急ぎにもクレームにも即、対応できます」
伸英さんが両親の仕事を継いだのは、10年前。それまでは幼稚園の経営コンサルタントとして各地を飛び回る、激務の日々が続いていた。
「家には寝に帰るだけ。福生生まれの福生育ちなのに、地元に関わる時間が全く持てなかった。元気なうちに両親と一緒に仕事をしようと仕事を辞め、家に戻ったのですが、本当によかったと思っています。囃子連もでき、お祭りにも参加できるし、消防団や商工会の青年部など、地元のタテとヨコのつながりの中で仕事ができるのはいいことだなーと思っています」

商いだけに、飽きずにやれ

創業当初の新宿区柳町の様子

創業当初の新宿区柳町の様子

店は今、「ミステリーショッパー」に参加している。これは年に1回、お客さんになって潜入する複数の調査員に店の様子、預かる時の対応、クリーニングの品質とこと細かい調査項目をチェックされ、結果が公表され、順位を競うというものだ。覆面調査なので、いつ何時来るか、全くわからない。日ごろの店のありようが丸裸にされ、問われるというものだ。東京で参加しているクリーニング屋は約30社。その中でタカはいつも、1位か2位を獲得しているという。素晴らしいことだ。これぞ、福生の誇りではないか。なのに、「自慢話は嫌だから」と「営業」に使うこともしない。
「怠慢にならないよう、いつも高い水準でお客さまにサービスを提供できるよう、同業他所との競争もいいのかなと思ってやっているだけですから」
この仕事に就いたばかりの頃、日本全国にある「いろいろな洗濯屋」を見学して回ったという。いろんな店の、いろんな現実があった。「そこまでしないと利益が出ないのかと、自分の目で見てびっくりでした」と伸英さん。
「仕事を継ごうと思ったことのひとつに、うちはちゃんとした洗濯屋だったというのが大きいと思います。Yシャツ1枚に手を抜かず、先代から両親と地道に作ってきた仕事がありました」
この仕事は、奥が深いと伸英さん。
「衣類も多様化していますし、種類も増え、同じ洗い方ってできないんです。日々、精進ですね」
そして最後に、笑いながら祖母の言葉を教えてくれた。
「“商いだから、飽きずにやれ”ってね」
黙々とアイロンをかけていた母・春子さんと姉・千絵さんも、一緒に微笑む。こんなあたたかで良心的な「洗濯屋さん」がいてくれて、本当にありがたいと心から思う。

クーポン・地図

クーポン情報

ドライクリーニング品に限り10%割引

※有効期限2020年3月31日
※クーポンは必ず紙に印刷してお持ちください。
※他のサービスとの併用は出来ません。

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